今という幻想で

 

先日、すっかりごちゃごちゃになってしまった本を片していたら、
奥にしまっていた一冊に手が止まった。

Stephen Hawking 博士の、’A Brief History of Time’ である。
今日、3月14日は、ホーキング博士の命日だ。

ホーキング博士は、ALSという難病と闘った「車椅子の物理学者」として知られているが、
ユーモアに溢れ、常に哲学的な視点を持って時空を考察し続けた、素敵な物理学者である。

全身不随だったホーキング博士が、目線だけで文字を起こし書きとどめたこの本を読み返しながら、
彼が誘い出してくれた時間についての思考の散歩を、少し書きとどめたいと思う。

 

わたしたちの時間は、常に一方向に向かって進み続ける不可逆的な推移で、
誰が何と言おうと、時計は一定の間隔で、刻々と刻まれていく。

宇宙の時間は、我々のニュートン的な直感とは少し異なっていて、
重力による空間の歪みや、観測点の運動によって、時計の刻む時間の間隔は変化する。

特殊相対論によれば、真空における光は運動状態によらず一定の速さで進むというきまりがあって、
互いに等価な慣性系(運動の速度が異なる系)どうしの4元座標は、ローレンツ変換によって相互に変換される。

こうして計算される時間を見てみると、速度 \( v\) で進む宇宙船に乗った宇宙飛行士の時計は、光速を \( c\) 、宇宙船の進行方向を \(x\) として、

$$ t’ = \gamma \ ( t – \frac{vx}{c^2}),\   where\   \gamma = \frac{1}{\sqrt{1 – \frac{v^{2}}{c^{2}}}}$$

と進み方が変化する。

エネルギーが発散してしまうので、質量ゼロの光よりも速く運動できる宇宙飛行士はいないけれど、
この式から、飛行船の速度が光に近づいて速くなるほど、時間の流れはゆっくりになることがわかる。

ところで、因果律と時空との関係を理解するのに、光円錐というのがよく用いられる。

 

Light cone (by Wikipedia)

光円錐は、空間の \(x, y, z\) と時間との4次元ミンコフスキー空間において、観測者のいる点を原点として光が到達できる領域をプロットした図だ(可視化するために空間は二次元で表現している)。

縦軸が時間で、上側が未来・下側が過去となっていて、
光が到達できる、

$$ (ct)^{2} – x^{2} – y^{2} – z^{2} > 0$$

を満たす部分が、因果律の成り立つ領域である。

こうして示してみても、時間というのはどこまでも対称的に思えて、
実際、古典力学でも電磁気学でも量子力学でも、宇宙の記述は時間反転操作に対し対称だ。

熱力学第二法則や宇宙誕生の理論は、なんというか独立した法則のように思われる。

 

わたしたちが生々しく感じているこの時間の非対称性は、
わたしたちが、観測することによって、記録することによって、世界を認識しているということなのかもしれない。

また光円錐を見れば、本来 ‘今’ とは円錐を繋ぐたった一点なのであって、
わたしたちがこの瞬間、生々しく実感している ‘今’ とは、
人間の鈍い感覚によって作られた、幅を持った一種の妄想と言える。

 

わたしたちの認知活動が、
感覚を通して、シナプスの構造やその強さというメモリを、常に上書きしていくという営みなのであれば、

感性をフルにして、からだの感覚や心の状態を活き活きと感じることが、ひょっとしたら最も人間的で贅沢なことなのかもしれない。
「今」の幅は、人それぞれ、そのときどき、違うのだろうけれど。

 

 

 

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